家族葬の浸透していない世代

近所に昔から続いている花屋さんがあるのですが、最近その倉庫が改装されて、家族葬ができる会場ができました。
地域の葬儀場に花を卸す経験をもとに、花屋のご主人が事業を始められたそうです。
ひっそりと運営されているようで、一見外からでは、ただの花屋の倉庫のままです。
まだ知られていないのか、利用者や見学者も見たことがありません。

私も自分が亡くなったら家族葬をして欲しいと思っています。
理由は金銭面。
人生を終えたのなら、自分のお金は生きている人たちの生活に役立ててほしい。
一円でも多く。
友人はともかく、会ったことのない家族の職場の人なども義理で参列してもらっても、私は嬉しくないのです。

先述の家族葬の会場ができたときに、このようなことを主人に話しました。
すると主人が、
「自分や家族が良くても、周りの人がよしとしないこともあるからねぇ。これから家族葬がもっと主流になればいいんだけどね。」
と言いました。
話を聞いてみると、主人は大変な思いをしたことがあるそうです。

実は一年前に主人の祖父がガンで亡くなったのですが、その時に葬儀をめぐってもめごとが起こっていたとのこと。
(当時私は出産直前で、親族ながら葬儀だけの参列で失礼させてもらいました。
通夜から準備や片付けで忙しくしていた主人とは全く別行動だったので初めて聞いた話なのです。)

祖父は生前から、自分の葬儀は家族葬を希望していたそうです。もちろん家族もその意向を尊重し、家族葬をあげるつもりで段取りをくんでいました。
亡くなったときも、親族とごく親しい友人にしか連絡をしなかったそうです。
しかし、商売をしていた祖父は顔が広く、また田舎の話なので亡くなったことはすぐに多くの人に知れ渡るところとなりました。

そこで、家族葬をしたいという遺族と、「どうしてこんな立派な人に、立派な葬式を出さないんだ。」「どうして自分たちが葬式に出てはいけないんだ」という祖父の友人たちで意見が対立したそうです。
悲しみにくれる遺族にかなり無神経なことを言ってくる人もいて、怒り出す親族も出てきて。
かなりもめたそうです。
祖母も精神的にまいってしまい、主人を含め遺族はそのフォローにもてんてこまいになってしまったそうです。

結局、友人たちも参列できるようにするけれど、規模の小さい会場するということで折り合いをつけたそうです。

家族葬が浸透していない世代であり、家族葬が簡素なものというイメージがある人も多いのだということを初めて知りました。

自分の葬儀で誰かがもめるなんて、祖父が一番悲しんでいるのではないでしょうか。
葬式は一体誰のためのものなのかと考えてしまいました。