葬儀屋さんは色々な意味で偉大だった

先日、私の父が亡くなりました。
母が亡くなったのを機に私の家で同居していた父ですが、ほとんど苦しむ事なく眠るように息を引き取ったようです。

亡くなった時の詳細が分からないのは、父が実家へ戻って整理整頓をおこなっていたからです。
私の新居ではなく長年住んでいた実家で息を引き取ったのは、何か運命的なものを感じます。

それはともかくとして長男である私が、当然のように喪主を務める事になりました。

しかし私自身は喪主の経験をした事がありません。母が亡くなった時には父が喪主を務めていたため、正直なところ一人で途方に暮れていました。
何をすべきかまるで分からない私を助けてくれたのは一本の電話でした。

それは葬儀の全てを取り仕切る専門の業者からの連絡です。
何をやるべきか全く分からない私にとって渡りに船だったのは間違いありません。
私の依頼を受けた葬儀の業者さんは、直ぐに実家まで来てくれました。

そこからはスムーズに話が進んでいき、お経を読む段取りや告別式までの流れまでが明確になったのです。

葬儀屋さんのサポートが受けられたおかげで、親族や父の関係者との応対にも余裕を持って応えられました。

私は形のないサービス業に関して否定的な考えを持っていましたが、葬儀をきっかけに考えを改めました。
サービス業に対して懐疑的な考えを持っていた事には理由があります。

サービス業が利用者に余計な手間をかけさせないために存在しているものであり、勉強さえすれば利用しなくても問題がないものだからです。知識や技術の習得に苦を感じない私が、サービス業を軽視していたのは当然だと言えます。

しかし葬儀の様に緊急性の強いトラブルは、勉強のための時間を確保する事が難しいのです。
私の狭かった視野を広げてくれた葬儀屋さんは、サービスが良好なだけでなく人生観にも良い影響を与えてくれたと実感しています。